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19/11/07(木)

海外旅行が終わって一段落したところで、MacOSをカタリナにアップグレード。ついでに不具合(起動時に毎回Bluetoothが認識出来ない)も治るかと期待していたのだけど、そんなに甘くなかった(^^;


19/11/06(水)

帰国翌日だけど、今日は予約していた8回目のワイン教室。今回のテーマは「世界のピノ・ノワール」ということで、ニュージーランド、フランス(ブルゴーニュ)、イタリア、アルゼンチン、スペインの5カ国。産地や作り手によって様々に変わることは分かったけど、細かな違いを理解するのは難しい。とりあえず新世界は果実味が酸味に先行し、旧世界はその逆という大まかな傾向は掴んだ。


19/11/05(火)

日付が変わって、搭乗時刻が近付いたところでラウンジを出てゲートに向かう。搭乗前に再度保安検査があるような情報もあったが、特に何もなくそのまま機内へ。現地時間でもすっかり遅くなっているので、離陸前後の仮眠を挟み、寝酒にシャンパーニュを飲んだ後はすぐさま就寝。

機内が少し明るくなった頃に目を覚まし、食事を取った後は文庫本を読んだり、ぼーっとしたりして過ごす。成田には定刻より少し早く到着。自動化入国ゲートを通った後、手荷物を受け取って税関に進むと少し混んでいた。ロビーに出て国内線カウンターで確認したら、早い方の便に変更出来たので、乗り継ぎが1時間半短縮。といっても出発までまだ3時間以上あるので、国際線到着兼国内線出発ラウンジに入って、タイムラインのチェック。最初は空いていたラウンジ も、到着便が続いて混雑してきたので、適当なところで切り上げて保安検査を経て国内線出発ロビーへ。搭乗開始となり連絡バスに乗ったが、飛行機の手前で一旦停止。整備に時間を要しているとのことだったが、10分も待たずに機内に入ることが出来た。

A321に乗って伊丹に戻り、手荷物を受け取ってからタクシーで帰宅。とりあえずコンビニに買い出しに行って、食事を取った後は遅くならないうちに寝支度。


19/11/04(月)

ビリヤーニー 寝付きが悪くても早く目が覚めてしまったので、朝食を取った後、再び寝床で横になる。眠ったという実感はなくても、多分それなりに休めているのだろう。チェックアウト刻限である正午前に部屋を出て、スーツケースを預けて3日目の観光開始。今日は完全フリーツアーということで、行き先を自分で決めなくてはならない。とりあえず昼食ということで、新市街の店に行くことにしたが、途中インド門の近くに来たら思いの外視界が良かったので、少し寄り道して一昨日は殆ど見えなかった大統領官邸を遠くから見学。ガイドブックに載っていた店は、ビリヤーニー(Biryani)の専門店。インド南部ハイデラバードの料理で、平たく言えば炊き込みご飯。定番となっている羊のビリヤーニーを注文。少し辛かったけど、以前に比べれば慣れているので問題なし。

尖塔からの眺め 先週のヒンズー今日の祭りの影響で昨日まで霞が凄くて、太陽もぼんやりとしか見えていなかったけど、今日からデリー市内は自家用車のナンバー規制(偶数日は偶数番号のみ乗入れ可)が始まっているとのこと。早速その効果が表れたどうかは分からないけれど、昨日までとはうって変わって青空が広がっている。それならばということで、一昨日行ったオールドデリーのジャマー・マスジットを再訪。一昨日は人が多くて難しかった礼拝堂の写真を撮り直したら、ちょっと逆光気味だった。そして今日の目的はミナレットに登ること。礼拝堂横の窓口でチケットを購入して、南門側にある入口からテラスに出る。ここからでも中庭や周囲の景色が見渡せるが、さらに進んでミナレットの中に入る。階段が狭くてすれ違うのもやっとというのは想定の範囲内だったが、頂上の空間がかなり狭くて、そこに人がぎっしりと滞留しているので大変。人が入れ替わるタイミングを利用して、なんとか北側と東側の窓に近づいて撮影したけど、その他の方向は足場が狭いこともあって諦める。それでも眼下のモスクや、すぐ近くのレッド・フォードの全景、そしてデリーの旧市街を眺めることが出来て良かった。昨日までの霞なら苦労して登っても、景色は半分も見えなかったのじゃないだろうか。

階段井戸 ニューデリーに戻って、コンノート・プレイス(Connaught Place)の近くにあるジャンタル・マンタル(Jantar Mantar)へ。国内5カ所に設置された天体観測所の1つで、最大のものはジャイプールにあって世界遺産になっているが、ここデリーにも繁華街の真ん中に残されている。巨大な日時計や、ローマのコロッセオのような外観の天体座標測定装置があり、見慣れない形を組み合わせた建造物はまるで現代アートのようだが、それぞれの役目に基づいて設計されている。続いて訪れたのが、アグラーセン・キ・バオリ(Agrasen ki Baori)という階段井戸。外から見ると小さな遺跡といった印象だが、中に入ると地の底まで降りていく階段と、それを取り囲むアーチ群が壮大な眺めとなっている。深さは30メートルもあるらしい。長らく忘れ去られた場所だったのが、数年前に映画の舞台となって以来、人気の観光地になったのだとか。続いて訪れたのはプラーナー・キラー(Purana Qila()で、直訳すると“古い城”。その名の通りラール・キラー(レッド・フォード)よりも古く、16世紀まで遡るのだとか。立派な入口と城壁に囲まれているが、内部はほとんどが芝生になっていて、現存する建物はモスクと八角形の図書館ぐらい。

ロータステンプル 今度は市街地を出て郊外に向かい、南部にあるロータス・テンプルを訪れる。バハーイー教の礼拝所で、1986年に完成した比較的新しい建物だけど、その名の通り巨大なハスの花の形が印象的。残念ながら月曜日は休みなので、今日は外観を眺めるだけ。といってもフェンスで遮られて見辛いので、観光バスから降りて人集りが出来ている辺りから垣間見る。これでリクエストした場所は一通り巡ったことになるが、まだ時間が余っていたので、すぐ近くにあるヒンズー教のクリシュナー寺院へ。中に入る前に、隣接する公園から先程のロータス・テンプルが良く見える場所があるということで行ってみたら、夕日を浴びてわずかに色付いていて一層ハスの花らしくなっていた。クリシュナー寺院を訪れた後は、小高い丘を登って展望が開けた場所から夕日を眺める。今日は月曜日なので、博物館や主だった寺院が軒並み休みで、フリーツアーにしても行く場所がないのじゃないかと心配していたが、結構あちこちに行けて楽しかった。もしどうしても時間が余るようなら行こうと思っていた郊外の遺跡は、結局時間切れによりパス。

日も暮れてこれ以上行く所はなくなったので、少し早めだけどニューデリーに戻って夕食の店に入る。メニューは定番のタンドリーチキン&カレー3種だけど、今度こそ清涼飲料水ではなくラッシーを注文。まだ少し時間が余っていたので、夜のカーン・マーケットを散策してから宿に戻ってツアー終了。そこからロビーで2時間以上待つことになる〜と思っていたら、送迎が予定よりもだいぶ早く来たので、慌てて預けていたスーツケースを受け取ってから出発。搭乗便出発の4時間前にならないと国際線ターミナルに入れないらしいが、移動中にその時間を過ぎていたので、入口でパスポートとeチケットを提示して建物の中に入る。

3時間前開始のはずの搭乗手続きも既に始まっていたので、すぐにチェックインを済ませて出国審査と保安検査に進む。どちらも比較的スムーズだったので、免税店街で買い物してからラウンジで休憩。眠気覚ましも兼ねて、今日の写真を順次アップロード。


19/11/03(日)

眠いからとかなり早く寝たら、当然のことながらだいぶ早くに目が覚める。それでもある程度眠れたし、今日は早い出発なのでそのまま行動開始。宿の朝食には間に合わないので、携行食をかじってから支度を済ませる。滞在中は全く降らない予報だったはずが、僅かに雨が降っていて視界もさらにきかなくなっているようである。今日も迎えの車に乗って日帰りツアー〜といってもデリー市街地を出て、高速に乗って東に向かう。暫く走っているうちに雨は止んだが、相変わらず辺りは霞んでいる。2時間以上走って、目的地まで半分以上過ぎたところで、ドライブインに入って休憩。昼食はまだだいぶ先なので、コーヒーとマフィンを買おうとしたら、タイミング悪くその店だけかなり混雑していた。さらに東に進んで、通算4時間で旧都アグラ(Agra)に到着。

電気自動車 市内は一部、自動車の乗り入れが禁止されているため、観光用の電気自動車に乗り換えることになるが、乗車位置が明示されていないから行列も出来ず、適当な場所に停車した車両に人がどっと押し寄せる状態。なんとか2台目の車に乗って、1キロと少しを移動。チケット売り場を経由して、その先にある入口で保安検査を受ける。荷物の持ち込み制限がかなり厳しいと聞いていたので、ガイドブックとカバンは車に残し、カメラなどの小物だけを身に付けた状態で入場。飲食物も持ち込めないが、入場者にはペットボトルの水が支給される。前庭を通って赤砂岩の正門を潜ると、その先には真っ白なタージ・マハル(Taj Mahal)!

タージマハル 若干霞んでいるものの、写真を撮りながら少しずつ近づくと、4つのミナレットに囲まれた優麗な建物の細部が明らかになってくる。写真では何度も見たことがあっても、実物を目にするとただただ“美しい”という言葉しか出てこない。昨年は本体部分の修復工事をしていたらしいが、今日は右側の迎賓館の一部に足場が組まれている。案内に従って左側のテラスに出ると、目の前にあるのは迎賓館の対となるモスク。ヤムナー川(Yamuna River)の向こうにはアグラ城が見えるはずなのだけど、霞んでいてよく分からない。支給された靴カバーを装着して、いよいよ本体に通じる階段を登る。霊廟となっている内部に入るための行列が出来ていたが、立ち止まったり撮影することは禁止なので、意外とスムーズに流れる。順路に沿って通り抜けた後は、建物の周りを一回り。既に時間を少し超過していたので、名残を惜しみつつもタージマハルを後にする。暑季なら確実に青空を背景とした姿が見られるそうだが、気温は連日40℃超。乾季でも後半は濃霧で何も見えないことさえあるらしいので、今日は工事中でない全貌が見えたのでよしとしよう。

ターリー 昼食はその名も「タージ・マハル」というレストランで、ターリー(Thali)を食べる。大皿の周囲にカレーや野菜の入った小鉢が並べられているのを見ると、昨年ネパールで食べた「タルバード・タルカリ」を思い出すが、こちらは中心にライスではなくてナンが来ていた。飲み物は今回も清涼炭酸水にしておく。おかわり自由とのことだけど、出された量だけで十分満腹になる。

アグラ城 午後はアグラ市内のもう一つの世界遺産である、アグラ城(Agra Fort)を見学。赤い砂岩の城壁に囲まれた入口は堂々とした構えで、跳ね橋と上り坂(上からの攻撃が容易)を通って中に入る。内部はかなり広いが、4分の3は今でも兵舎として現役なので、公開部分は4分の1なのだとか。歴代のムガル皇帝が建てた宮殿が互いに隣接しているため、順路を歩いているだけで色々な様式の建築や庭園が次々と姿を現す。午後になって視界が少し良くなったのか、テラスからは先ほどのタージ・マハルが霞みながらも確認出来る。タージ・マハルを建てたシャー・ジャハーン帝が晩年に幽閉された場所も残っているが、城内ではモスク参拝などの移動は認められていたらしい。

城を出た後は、大理石工芸品の店に立ち寄る。そこそこデザインの気に入った小箱があったので購入したけど、他の品々は勧められてもパス。デリーへの帰路に就いても相変わらず"hazy sunshine"な天気は続いていたが、途中から天頂周辺は青空が見えているのに、周辺部は霞んだままという不思議な状態となる。帰りも途中のドライブインで休憩した他は、ひたすら西に向かって走り続け、出発からちょうど半日で宿に到着。今日も疲れているから早めに寝ようとしたのだけど、就寝前にシャワーを浴びたせいか、それとも隣の部屋が遅くまで騒がしかったせいか、何度も目を覚ましてなかなか寝付けなかった。


19/11/02(土)

ジャマーマスジッド 途切れ途切れに4時間眠った後、もう少し寝ていようとしても目が冴えてしまったので、そのまま起きて昨日の写真をアップロード。ロビーに降りるには一旦テラスに出るようになっているが、朝から空は霞んでいて視界は悪く、なんだか煙たい感じがする。朝食を取った後、支度を済ませてから迎えの車に乗って市内観光開始。まずはオールドデリーと呼ばれる旧市街に入って、ジャマー・マスジッド(Jama Masjid)を訪れる。高台にあるインド最大級のモスクで、赤い砂岩を使った17世紀の建築。ツアーでは通常、外観のみの見学となっているが、折角なので靴を脱いで中に入る。礼拝堂の前は大きな広場となっていて、朝から多くの人で賑わっている。正面側から写真を撮ったけど、この距離でも建物は若干霞んでいる。モスクのすぐ近くにある世界遺産ラール・キラー(Lal Qila)は、予定通り外観のみの見学で、門の近くで車を降りて写真だけ撮影。“レッド・フォード(Red Fort)”の別名の通り、赤い砂岩の城壁が長く延びている。続いて訪れたのがラージ・ガード(Raj Ghat)。「建国の父」と呼ばれるマハトマ・ガンディー(Mahatma Gandhi)の火葬場で、今もその時の火が燃え続けている。献花台まで行ける参拝通路もあるが、今回は四方に設けられた壁の上から見学。敷地内にはガンディーの言葉を記した碑が散在している。

インド門 ニューデリー地区に戻って、最初に訪れたラクシュミ・ナラヤン寺院(Laxmi Narayan Temple)の名前は、ビシュヌ神の化身ナラヤン神とその妻ラクシュミ神から。20世紀に建てられた新しい寺院だが、黄色い壁と赤い屋根の荘厳な建物。カメラの持ち込み自体が禁止なので、ケータイと共に車に残し、入口で靴を脱いで中に入る。内部には多くの神像や絵画があって、一通り説明を受けたけど、名前を覚えるだけでも大変そう。車に戻った時は道の反対側だったので、さっきは近すぎて撮り辛かった外観を撮影。新市街であるニューデリーは行政の中心で、国会議事堂や大統領官邸があって〜と近くまで行ってみたが、官邸は霞んでいてほぼ見えない。そしてそこからまっすぐ続く道路の先にインド門((India Gate)があるが、かなり近付かないと見えてこない。

フマユーン廟 午前のハイライトとなるのは世界遺産のフマユーン廟(Humayun's Tomb)。ムガル帝国2代皇帝フマユーンの墓廟で、タージ・マハルの原型になったと言われている。ペルシャ風の四分庭園に囲まれた16世紀の建物は、赤い砂岩と白い大理石を組み合わせた幾何学模様。新しい道路が出来たので、本来の正面とは違う側に入口が移動したとのこと。建物の上階から四方の庭園を見渡した後、隣接するイーサー・ハーン廟(Isa Khan's Tomb)も見学。今日の天気予報は海外サイトでは"hazy sunshine"となっていたが、太陽が出ていても霞んでいて直視しても眩しくないくらい。晴れていても空は青くないのだけど、その代わり暑くはなく(乾季に入って気温が下がり、最高気温は30℃程度)、どの向きで写真を撮っても逆光にはならなかった。昼食はインド料理の店で、タンドリーチキンと3種類のカレー。外国人向けに辛さは控え目になっていた。

クトゥブミナール 本日3カ所目となる世界遺産は、クトゥブ・ミナール(Qutub Minar)。カタカナ表記を見て、マラケシュのモスクを連想したが、アラビア語の「図書館員」に由来するクトゥビア(Koutoubia/Kutubia)に対して、こちらは人名由来(ムガル帝国以前のスルタン)。13世紀に遡るミナレット(尖塔)は高さ世界一となる72.5m。以前は内部に入れたそうだが、停電を契機とした将棋倒し事故以来、立入禁止となっている。周囲は様々な遺跡が残っていて、どこから見ても尖塔が背景に入る。アライ・ミナール(Alai Minar)は基礎部分のみで建造が中断された尖塔で、完成していたらクトゥブ・ミナールを超えていたのだとか。そして注目すべきは、遺跡の中に立つバルマンの鉄柱(Iron Pillar)。「チャンドラバルマンの鉄柱」や「デリーの鉄柱」とも呼ばれるようだが、千数百年を経ても錆びないことで知られている。高坂智子の「シルクロード・シリーズ」に登場しているが、作品を読んでから30年経ってようやく訪れることが出来た。

ツアーが終了して宿に戻ったのが夕方前。昨日からの疲れも残っているので、早めの夕食は携行食で済ませて、さっさと寝る。


19/11/01(金)

成田空港 朝早く予約したタクシーに乗って、伊丹空港入り。ターミナル改装工事の影響で、1階の国際線乗り継ぎカウンターの一部は仮説になっていた。大回りして2階の保安検査場に進み、ラウンジで少し休憩してからB777-300に搭乗。長距離国際線仕様の間合い運用なので、普通席でも前方はビジネスクラスの座席。伊勢湾や駿河湾を見ながら東に進み、房総半島越しに富士山を望みながら成田に着陸。羽田と違って同じターミナル内の乗り継ぎなので、そのまま出国審査に進むことも出来たのだけど、まだ8時間もあるので、一旦制限エリアの外に出る。地下にある店で両替を済ませてから、屋上デッキで海外航空会社の機材を眺める。同じフロアにカード会社ラウンジがあったので、中に入って暫く休憩。

機内食1回目 昼前に保安検査と出国を済ませ、予定ゲート近くの航空会社ラウンジに入る。とりあえずシャンパーニュと一緒に軽食を取ってから、ガイドブックで行き先の予習。午後2時にホットミールの提供が始まったので、今度はアルザスの白を飲む。日が傾いて西日が眩しくなってきたところで、少し早めにラウンジを出て搭乗口に向かう。今度の搭乗機はB787-8。長距離に準じた仕様なので、ビジネスクラスは個室タイプ。出発する頃には外はすっかり暗くなっていた。1回目の機内食はいつものように洋食・肉料理だけど、オードブルが海産物づくしだったのでパスして、アミューズグールの直接にメイン。デザートを食べた後は、寝支度を済ませて就寝。

3時間ぐらい眠って目を覚まし、到着前に2回目の機内食。今日何回目の食事と数えるべきかよく分からなかったけど、今食べておかないと後で空腹になりそうだったので。定刻では日付が変わった直後となるはずが、1時間以上も早くデリー・インディラ・ガンディー国際空港(Indira Gandhi International Airport)に到着。インドと日本の時差は3時間半。既に昨年のネパールで3時間15分という端数のある時差は経験済みなので、30分単位では驚かない。今回は事前にeツーリストビザをネット申請していたので、専用窓口で入国手続き。混雑していて時間を要する場合もあるらしいのだけど、思いの外スムーズで、荷物を受け取って税関を通過して出口に着いたのは、予定到着時刻よりもまだ早い時間。こんなに早く着いたら、手配していた送迎も待つことになるのかな〜と思っていたら、既に待機していたので大丈夫だった。両替所に立ち寄ってから車に乗り込み、深夜の街を移動してニューデリー(New Delhi)地区に向かう。事前情報通り、デリーではホテルでも入口で保安チェックをしているようである。折角早く着いたので、ネットに繋いでタイムラインを確認してからすぐに寝床に入る。


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