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18/04/01(日)

荷造りの合間に献血ルームに行ったら、システムのトラブルとかで問診前でストップ。1時間以上経っても復旧しそうになかったので、やむなく受付をキャンセル。システムが再開しても、そこからかなり時間が掛かりそうだったので諦める。

出発間際まで作業を続け、持てるだけの荷物を持って家を出る。つくばエクスプレスが新御徒町で、緊急信号を受信したとかで発車を見合わせたので、一応別ルートを頭の中で組み立ててみたのだけど、結局5分遅れで出発したのでそのまま乗車。

明日に備えて今夜のうちに大阪入り。引越しはまだ先なので、先に置いておいたマットレスの上に、つくばで購入した寝袋を敷いて就寝。布団を現地調達することも考えたけど、引越荷物が届いたら邪魔になるだけだし、買っても持って帰るのも大変だったので、結局寝袋にしたのである。登山用のコンパクトな寝袋は結構高かったけど、レジャー用の寝袋ならそれ程でもなかったし、もしかしたら再利用する可能性もなくはないので。


18/04/02(月)

ということで、今日から15年ぶりの大阪勤務。勤務場所も住む家も15年前と同じ。電気と水道は昨日から使えるようにしておいたけど、ガスは立ち合いが必要なので今日から。今度は市役所が近いので転入届は昼休みを利用。ネットはまだ使えないので、スタバで夕食を取りながらWiFi接続。

マットレスは自動的に膨らむタイプだったのだけど、新品は膨らむのに時間が掛かるというのを昨夜知った時には既に遅く、半分しか膨らんでいない状態で寝ることになった。今朝出掛ける時に栓を開けたままにしておいたら、帰った時にはかなり膨らんでいたので、寝心地は改善するだろう。昨夜は衣類を入れた袋を枕がわりにしたのだけど、首が痛くなってしまったので緊急調達したクッションを2つ折りにして使う。


18/04/03(火)

ワイシャツの着替えを持ってくるのを忘れていたため、近所の店で購入。また、明日から雨が降りそうな予報だったので、折り畳み傘も買っておく。


18/04/04(水)

降るかどうか微妙な予報だったけど、結局職場を出る頃には結構降っていた。引越が済むまで、家に帰ってもすることがないだろうと思っていたけど、あちこち掃除していて結構忙しかったりする。


18/04/05(木)

朝はファミレス、夜はスタバというのがすっかり日課になっている。WiFiがあれば他の店でもいいのだけど、池田駅前は他にカレー屋くらいしかないようである。


18/04/06(金)

夜の便で羽田に移動。関西では雨が降り始めていたけど、関東ではまだ風が強いだけ。高速バスに乗ってつくばの家に戻り、久々に布団で就寝。


18/04/07(土)

一日中ひたすら引越しの準備。途中で食事と買い物のために外に出たら、予想以上の肌寒さに驚く。


18/04/08(日)

今日もぎりぎりまで作業をしてから家を出る。なるべく時間を作ろうと伊丹ゆき最終便よりも遅い神戸ゆきにしたのだけど、三宮では乗り換えにかなり歩かねばならなかったし、深夜になると電車の本数も減るので、池田到着もかなり遅くなってしまった。


18/04/09(月)

朝ファミレスに行く際かなり冷えると思ったら、気温が5℃しかなかったのか。明日の予想も同じくらいになっている。


18/04/10(火)

どうにも引越しの準備が間に合わなかったので、予定を1日前倒ししてつくばに移動。伊丹空港はようやく、モノレールから南ターミナルに直接行けるようになっていた。今回は荷物を預けていなかったので、羽田到着後は高速バスに余裕で間に合う。


18/04/11(水)

とにもかくにも引越準備。朝から夜まで続けたけれど、体力切れになったところで就寝。


18/04/12(木)

5時に起きてからひたすら作業を続け、なんとか業者が来る頃には大方終了していたけれど、一部作業が残ってしまったので業者と並行して続ける。それも途中で終了したので、あとは基本的に指示出しとなる。搬出は昼前に完了したので、午後はがらんとした部屋を簡単に掃除して、退去手続きを済ませ、十五年間暮らした家を後にする。トラックでは運べない荷物を全部担ぐことになったが、結構な重量になったので一苦労。そこに一本ずつ運んでいたワインの最後のボトルも含まれていたりする。

ここのところずっと、搭乗直前の空港入りが続いていたので、久々のラウンジ利用。といってもタイムラインを追いきれないうちに時間切れとなったので、売店経由で搭乗口に向かう。機内では久しぶりにWiFiを利用。今月から全員無料になったので、2段階の認証(IDとパスワードを2回ずつ入力)が不要になり、メアド1回の入力で済むようになった。

池田の家に荷物を置いてからコンビニで軽食を調達。ここのところずっと寝不足だったので、今夜は早めに寝床ならぬ寝袋に入る。


18/04/13(金)

朝、別の業者対応をしているうちに、引越荷物が到着。搬入作業は昼過ぎに完了し、固定電話も開通。3月初頭から、つくばにいる間はずーっと不用品処分と荷造りに明け暮れていたのだけど、引っ越しが完了してようやく解放される。荷解きの方はおいおいということで。

昼は今日もパンだけだったので、早めの夕食を取ってからスタバに行ってコーヒー&WIFi。ネット移設はまだ先なので、スタバが良いは当分続く。


18/04/14(土)

冷蔵庫と電子レンジが使えるようになったので、昼はコンビニのパスタ。ヨーグルトも保存出来るので、朝食のファミレス通いも今日で終了となる。ダンボールを40箱くらい開けて、ベランダも整理したから、だいぶ場所が広がる。引越前よりはゆったりペースの作業とはいえ、疲れがたまっているので本を取り出すのは明日に回しておこう。


18/04/15(日)

午前中は作業を中断して、大阪市内に出る。池田から梅田までは20分しか掛からないし、運賃も270円で済む。まずは散髪を済ませ、大型書店に立ち寄ってから「ロンドンティールーム」で早めの昼食。そういえば紅茶自体が半月ぶりだったっけ。午後は大型電気店を回ってから、池田に戻って片付けの続き。カーテンはつくばに持って行った物を再び取り付けたけど、一部屋だけつくばに行く前に処分していたので買い直そうと思ったら、以前買ったスーパーでは取り扱いを止めていた。そこでネットで調べたら駅前に専門店があったので行ってみたところ、昨日はちょうど閉店時間で今日は定休日。寝室だけど曇りガラスなので、当分なしでもいいかな…


18/04/16(月)

ようやく睡眠不足を解消出来たけど、夜になるとすぐに眠くなる。ネットは明日開通する予定なので、スタバ通いも今夜で最後。


18/04/17(火)

電話開通に合わせてADSLの移設を申し込んでいたのだけど、申込時期が遅かったせいか、あるいは単に混雑するからだったのか、4日遅れとなってしまったけど、ようやく自宅でネットが出来るようになって一安心。ネットを使える期間を旧居と重複させるとか、この際だから光に乗り換えるだとか考えたのだけど、結局手続きが一番楽で設定やメアドを変えずに済む“ADSLをそのまま移設”を選択したのである。今の基準からしたら速度が遅いのかもしれないけど、特に不便は感じていないので。


18/04/18(水)

昨日はノートPCで接続確認したけど、デスクトップ機を引っ張り出して、1週間ぶりにネット接続。とりあえずOfficeをアップデートしたら、かなり時間が掛かったのは、マシンが古いせいなのかな。

引越が終わった直後に電子ピアノを弾いてみたら妙に反響が残るので、いろいろ試したところ、どうやらサスペティンダルをずっと踏みっぱなしの状態になったようである。遂に故障したのか。出張修理とか出来るのだろうか、それとも20年以上前の製品なので買い換えるしかないのかと焦ったけど、急を要する訳ではないのでとりあえず放置。そして今朝デスクトップPCをセットしようとして、電子ピアノからコネクタの外れたコードが出ていることに気付く。もしかしてもしかしなくても〜やっぱりペダル類からの配線が、輸送の際に外されていただけだった(^^;;;

デスクトップPCが使えるようになったところで、銀行とカード会社の住所変更を済ませる。といっても一部の金融機関はネット手続き不可とか要セキュリティトークンとかで、実店舗に行かなければならないことが判明。各種料金もカード払い申請をしておいたけど、反映されるまでにどうしても時間が掛かるため、最初のうちはコンビニ払いになるのかな。


18/04/19(木)

デスクトップPCに外付けHDDを設置したので、TimeMachineによる自動バックアップを再開。とりあえず寝る前に。引越後最初となるバックアップが完了したことを確認。


18/04/20(金)

昨日利用申請した宅配ロッカーの動作確認。これで心置きなく通販が出来るようになる。というところで宅配業者と通販業者の住所変更も済ませておく。

連休の飛行機の予約の日付を間違えていることに気付いて、慌てて予約変更(汗) 実は当初は予約区間を間違えていたので(伊丹−羽田−伊丹にするべきところを、羽田−伊丹−羽田にしていた)、予約変更はこれで2回目だったりする(激汗)


18/04/21(土)

自宅近くの医院に行って薬を処方して貰った後、駅とは反対方向に食事に行ってから、自転車を購入。主に昼間、平坦な場所を走って買い物の荷物を運ぶのが用途なので、変速も常時点灯もないタイプを選択。よく考えたら冬場の夕方は暗くなっているのだけど、その時は頑張って発電するしかないか。

午後は梅田の献血ルームへ。25階というのは献血ルームとして、日本一高い場所になるらしい。週末なのでさすがに混雑していたが、待ち時間は1時間程度だった。献血ルームによって微妙な違いが時々あるのだけど、梅田では検査前に両腕を頭の上に30秒キープして、疲れすぎでないかのチェックをすることになっていた。

献血の後は「ロンドンティールーム」で休憩。混雑時間帯だったので少し待つことになったけど、特に急ぐ訳ではなかったので問題なし。夕方は「エノテカ」で1ヶ月ぶりのワイン。少し食べたばかりだったので、何か軽いものをとラタトゥイユを注文したけど、やっぱり酸味の強いものはボルドーとあまり合わないことを再確認(^^;;;


18/04/22(日)

午前中の業者対応の後、昨日購入したばかりの自転車に乗って、昼食とホームセンターに出掛ける。ようやくカーテンを入手出来たけど、出来合いサイズだとちょっと丈が足りなかった。そのうち通販でサイズ指定して購入しようと思いつつ、ずっとそのままにしてしまいそうな予感。

夕方前に引越作業の一環として食洗機の取り付け。部品注文に時間を要したため、これだけ先延ばしになっていた。ようやく食洗機が使えるようになったところで、段ボールから食器を取り出して片端から洗っているところ。これでもかというくらい厳重に梱包したので、取り出すこともさることながら、大量のキッチンペーパーと新聞紙の処理も大変。

今日は作業しながら「月イチ」の録音を聴いたのだけど、大阪だとFM COCOLOになるので、音がとてもクリアで驚く。つくばでは東京の電波が辛うじて受信出来る状態だったので、毎回ノイズが酷かったからね。コマーシャルのタイミングで早送りしようと思っていたら、大阪ではコマーシャルではなく中島さんの曲のイントゥルメンタルが流れていたので、飛ばす必要はなかった。


18/04/23(月)

食器の大半の洗浄を終え、ヤカンも使えるようにしたので、ようやく自宅で紅茶が飲めるようになった。市販の紅茶飲料もあるといっても、あくまでも別物の清涼飲料水だからね。

「時の車輪」の第14部「光の記憶(A Memory of Light)」をようやく読了。英語で千ページ以上あるので、結局やっぱり半年近く掛かってしまった。調べてみたら第1部「世界の目(The Eye of the World)」の翻訳を読み始めたのが、ちょうど二十年前だった。いつまで待っても翻訳されない最後の2冊は、原書で合計2千ページ以上にもなる長編だったけど、結末を知りたい一心でなんとか一年がかりで読破。

ロバート・ジョーダン&ブランドン・サンダーソン「光の記憶(時の車輪14)」読了

18/04/24(火)

出掛ける前に段ボール66箱+αと、新聞2束を古紙回収に出したので、朝からかなり疲れてしまった。

夜は所属部署の歓送迎会その1。トスカーナとボルドーの赤があったので、つい飲んでしまう。


18/04/25(水)

ANAのハワイ路線用A380の内装が発表される。エコノミーの一部にカウチシートを導入し、ファーストクラスはドア付きで、4クラス520席。やっぱり一度は乗ってみたいよね。


18/04/26(木)

歓送迎会の第2弾、って週に2回はちょっとヘビィ。旅行の準備もあるので、ハイボールと芋焼酎(お湯割)1杯ずつに留めておく。


18/04/27(金)

予約していたタクシーに乗って空港入り。保安検査前に両替と買い物を済ませたため、ラウンジに立ち寄らず搭乗口に直行。羽田到着後は乗継専用バスに乗ったが、国際線ターミナルではチェックインカウンターの近くに到着したので、保安検査を受け直し。成田乗り継ぎと違ってターミナル間移動もあるので、結構時間が掛かる。それでも乗り継ぎに余裕を取っていたので、ラウンジで軽食を取るだけの時間はあった。

機内食1回目 いつものように一年前からアップグレード空席待ちを掛けていたのだけど、今回はOKが出なかったのでビジネスクラスのまま搭乗。1回目の機内食では、シャンパーニュ、イタリアのシャルドネ、ボルドーの順に注文。仮眠を取った後は、スターウォーズの最新作「最後のジェダイ」を鑑賞。前作から二年経っていると、いろいろ忘れているので、事前に粗筋くらいは復習しておくべきだったかな。2回目の機内食はシーフードだったので、代わりに軽食のフォカッチャとサラダを注文。ヨーロッパに入っても、窓の外は殆ど雲に覆われていた。

一年ぶりとなるロンドン・ヒースロー空港(London Heathrow Airport)の第2ターミナルに到着したが、今回は乗継利用なので入国せず、専用バスに乗って第5ターミナルに移動。通しチケットでも日本出発時に乗継便の搭乗手続きが出来なかったため、保安検査を受け直す前にチェックインが必要なのだけど、カウンター前には長い行列。とりあえず並んだけど、窓口は半分も開いていない上、予約変更の客が多いみたいで列はなかなか進まない。結局1時間近く待った後、ようやく搭乗手続きを済ませてから保安検査場に進む。他アライアンスでもビジネスクラス利用なので、搭乗前にラウンジに入って休憩。機内で仮眠したとはいえ、日本時間では既に未明になっているのでかなり眠くなっているが、なんとか気力を保たせて搭乗。さすがに離陸前後に少し寝入る。

ハンブルク空港(Flughaven Hamburg)に到着して入国審査の後、手荷物を受け取ってターミナルを出る。市内まで鉄道で行けるのだけど、深夜だし少しでも早く宿に入りたかったのでタクシーを利用。ハンブルク中央駅(Hamburg Hauptbahnhof)近くの宿にチェックインして、ネット接続だけ確認した後はすぐに就寝。


18/04/28(土)

ハンブルク倉庫街 就寝から6時間で目が覚める。乗継便でも少し寝たので、初日の睡眠としてはこんなものだろう。朝食を済ませ、宿を出て地下鉄に乗ろうとしたら、路線によって駅が南北に分かれていて、宿から遠い方で裏口側。これなら次の駅から乗っても大差なさそう。3号線に乗って4つ目のバウムヴァル(Baumwall)で下車。途中から地上に出て高架駅になっている。火災の後で復元され、昔の面影が残るダイヒ通り(Deichstraße)に立ち寄ってから、運河を渡る。午前中は雨が降るような予報もあったけれど、実際は予想外の晴天。運河沿いの倉庫街(Speicherstad)は、19世紀後半から20世紀初頭にかけて再開発された区域で、整然と並ぶ煉瓦倉庫が印象的。最初に「ミニチュア・ワンダーランド(Miniatur Wunderland)」で入場券を買おうとしたら、時間指定制で午前中の分は既に完売。午後1時以降なら好きな時間を指定出来たので、午後5時の券を購入してから出直すことに。

チリハウス 倉庫街を散策した後、旧市街側に戻ってチリハウス(Chilehaus)の外観を見学。1925年竣工の表現主義建築で、街路に合わせて東側の先端が尖っている。世界遺産には「ハンブルクの倉庫街とチリハウスを含む商館街」という名称で一括登録されているので、他の建物もあるはずなのだけど、ガイドブックにはチリハウスの場所さえ載っていなかったりする。その他の建物をネットで探しても場所はよく分からなかったが、歩いているうちに目にしている可能性は十分にある。

パンフィッシュ 旧市街の中心部に出て市庁舎(Rathaus)の前を経由し、内アルスター湖(Binnenalster)の畔を歩いて線路側のハンブルク美術館(Hamburger Kunsthalle)へ。クラーナハを始めとするドイツ画家の作品は勿論、ルーベンスやレンブラント、モネやルノワール、ピカソやダリの作品も展示されている。常設展を観るだけでもかなり歩くことになるので、別館の企画展はパスして運河地区に戻る。少し早めの昼食は、地元料理のハンブルガー・パンフィッシュ(Hamburger Pannfisch)で、3種の魚のソテー。ワインはモーゼルのリースリング。

ミニチュア世界 午後は市庁舎前から地下鉄に乗って、ザンクト・パウリ地区に移動。アルター・エルプ公園(Alter Elbpark)には巨大なビスッマルク像があって、足元の展望台から市街地が眺められる〜とのことで丘を登ったのだけど、階段が閉鎖されていて入れず、近くにあるはずのドイツ最北の葡萄畑も見ることが出来なかった。続いて近くのハンブルク歴史博物館(Museum für Hamburgische Geschichte)を見学し、聖ミヒャエル教会(Hauptkirche Sankt Michaelis)の塔に登って景色を眺める。階段を登る覚悟をしていたら、エレベーターがあった。午後になって雲が増えたものの、基本的には晴れているので景色は上々。市街地を西から眺めるので、順光になる午後に訪れたかったのである。教会の近くで戦火を免れた路地を訪れてから、本日3度目となる運河地区に向かう。当初の計画では昼食まで倉庫街にずっといるつもりだったのだけど、ミニチュア・ワンダーランドの予約が取れなかったので仕方がない。

倉庫街博物館(Speicherstadtmuseum)を見学した後、時間調整に散策してからミニチュア・ワンダーランドを再訪。鉄道模型を中心としたジオラマで、米国の砂漠地帯や北欧の雪景色、アルプスの山岳地帯など、様々な場所を再現している。ヴェネツィアやローマの、ノイシュヴァンシュタイン城などの観光名所もあり、地元ハンブルクでは中央駅、倉庫街、聖ミヒャエル教会と、今日見てきたばかりの建物が並ぶ。遊園地や実際に飛行機が離着陸する空港、鍾乳洞など鉄道以外の場面も色々あるのに加え、バンジージャンプやスーパーマン、アトランティス地底人など小ネタもあちことに仕込まれている。じっくり見て回れば夜遅くまで掛かりそうだけど、既に歩き疲れていたので適当なところで切り上げて帰る。夜は駅構内の店で調達した軽食ですませる。


18/04/29(日)

ブレーメン市庁舎 今朝はハンブルク中央駅から、事前に予約していたインターシティ(InterCity, IC)に乗車。直前になって編成が通常とは逆向きと表示されたので、乗客は慌ててホームを移動することになる。ハンブルク・ハールブルク駅に停車してから、約1時間でブレーメン中央駅(Bremen Hauptbahnhof)に到着。駅前通りから路面電車沿いに歩き、濠を渡ってブレーメンの旧市街に入ると、豚と豚飼いの像が出迎える。旧市街を歩いてマルクト広場(Marktplatz)に出て、ブレーメン市庁舎(Bremer Rathaus)の前にあるローラント像(Bremer Roland)と対面。世界遺産としては「ブレーメンのマルクト広場の市庁舎とローラント像」の名称で登録されている。ローラントは古フランス叙事詩の主人公で、自由都市の象徴として各地に像が設置されているが、ブレーメンでは14世紀の大きな像が残っている。

ブレーメンの音楽隊 まずは市庁舎の見学ツアーを予約しようと窓口を探したのだけど、ガイドブックには記載がなく、ネット情報でも場所が分かり辛くて、ようやく見付けた現場の表示を頼りに辿り着いたのは、ベッチャー通り(Böttcherstraße)の中程にある観光案内所だった。日曜日のガイドツアーは午前中の2回のみとなるが、午前10時の初回で無事に予約完了。開始時間まで周辺を散策する前に、市庁舎脇にある「ブレーメンの音楽隊(Die Bremer Stadtmusikanten)」の像のところに行くと、既に多くの観光客が集まっていた。指定時間に集合場所に行って、英語ツアーに参加。市庁舎の建物は14世紀に遡るが、何度も改築を重ね、同じ部屋でも各時代の特徴が残されている。大宴会場には船の模型が幾つも天井から吊るされているのが、交易都市としての歴史を物語る。昼食は川沿いの店でマルクトプファンネ(Marktpfanne)という、豚肉とキノコとソテー。ワインはバーデン地方のヴァイスブルグンダー(Weißburgunder)で、フランスでいうところのピノ・ブラン。

濠のそばの風車 午後は路地に昔の雰囲気が残るシュノーア地区(Schnoorviertel)を散策した後、聖ペトリ大聖堂(日曜日は午後2〜5時のみ)の塔に、階段で登る。展望台からの視界は4方向に限定されていて、網が二重になっているので写真にはどうしても網が写ってしまう。旧市街の方角が曇っていたのもちょっと残念。予定していた場所は一通り回ったので、濠のそばの風車(元は7つあったうちの1つが現存、レストランとして営業中)まで寄り道してから、駅に戻ってラウンジで休憩。今日も雨が降りそうな予報だったけど、昼前に少しぱらついた程度で、結局殆どの時間はれていた。帰りの列車の編成は順方向だったが、機関車が最後尾に来る推進運転になっていた。ハンブルクに到着した後は、今日も駅構内で軽食を調達。今日はなんだか喉の調子が微妙に良くなくて、早めに薬を飲もうと思ったら風邪薬だけ入っていなかった。どうやら引越前の冬場に使い切って補充した際、スーツケースに戻すのを忘れていたようである。とりあえず寝るに限るということで、さっさと寝床に入る。


18/04/30(月)

ホルステン門 今ハンブルク中央駅から近郊列車に乗車。通勤とは逆方向だからか、総2階建の列車はかなり空いていた。断続的に雨が降る中、約45分でリューベック中央駅(Lübeck Hauptbahnhof)に到着。駅舎の外に出ると本降りになっていたので、駅前のバスターミナルで暫し雨宿り。雨が上がったところで旧市街に向かって歩き、開館時間を待ってホルステン門(Holstentor)を見学。街の入口に位置する門は、外側に向かって傾いている。近くには塩の倉庫の建物が残っている。リューベックは今でこそ大都市ではないものの、塩の交易で栄えた街で、ハンザ同盟(Hanse)の盟主として会議を主催していた街である。旧市街は「ハンザ都市リューベック」として世界遺産に登録されている。

トラヴェ川(Trave)を渡って旧市街に入ると、表通りは新しい建物が目立つけれど、路地に入ると古い建物が数多く残っている。ホルステン門を見学しているうちに日が差すようになったので、天気が変わらないうちに聖ペトリ教会(Petrikirche)の塔に登る。階段の先にエレベーターがあって、展望室に上がると周囲に巡らせた窓から赤煉瓦の屋根が連なる街並みを見渡せる。今日訪れる予定の場所を大体把握してから下に降りて、マルクト広場に面した市庁舎の前を通って、聖マリア教会(Marienkirche)を訪れる。ガイドブックによるとバッハがオルガン演奏を聞きに来たことがあるらしい。戦争で破壊された建物は修復されたが、焼け落ちた鐘が残されている。

ホーフ内庭 昼食までの時間を利用して、旧市街の北部を散策。この辺りには特直的な街並みが残っていて、ガング(Gang)と呼ばれる抜け道の先には、商人の邸宅の裏庭に建てられた長屋が残る。ホーフ(Hof)は商人の未亡人のための共同住宅で、必ず中庭があることに由来。頃合いになったところで、市庁舎地下のラーツケラー(Ratskeller)で昼食。ドイツの昔ながらの街には市場を開いたマルクト広場があり、広場に面した市庁舎(Rathaus)の地下セラーがレストランになっていることが多い。地元の魚料理とハウスワインのヴァイスブルグンダーを注文。この後の列車の本数が少ないので、食後は早足で駅に戻る。

古いクレーン 2両しかないローカル線列車はかなり混雑していたが、なんとか座席は確保出来た。1時間と少しでリューネブルク駅(Bahnhof Lüneburg)に到着すると、またしても雨。しかも今度は当分止みそうもなかったので、傘を差して歩き始める。イルメナウ川(Ilumenau)の中州を通って、旧市街に入る手前にあるのがその名も「古いクレーン(Alter Kran)」。18世紀に作られたもので、中に2人入って車輪を動かしていたらしい。対岸にはニシン倉庫が残っている。傘を差したまま旧市街を歩き、市庁舎を通り越して聖ミヒャエリス教会に着く頃には天気が回復していた。バッハが付属学校で学んでいたという教会は、内部を公開していないような雰囲気だった。

アムザンデ広場 続いて訪れたのはドイツ塩の博物館(Deutsches Salzmuseum)。リューネブルクはリューベックが取り扱う塩を生産していた場所で、昔の塩の製法などの展示があったが、説明書きはドイツ語のみだった。アム・ザンデ広場(Am Sande)に向かう頃には、青空が広がるようになっていたので、近くの給水塔(Wasserturm)に登って街並みを眺めた後、川沿いに歩いて古いクレーンを再訪。やっぱり天気が良いと、印象はかなり違う。リューネブルクはハンブルク都市圏に入るので、宿で貰った市内交通のフリー切符が有効のようだけど、時間が掛かる上、次の列車は30分以上先のようだったので、インターシティに乗ってハンブルクに戻る。昼にしっかり食べたので、やっぱり今夜も軽食で。


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