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18/05/06(日)

羽田空港 いつものように少し早めに目を覚ました後は、ぼーっとしながら2回目の機内食を待つ。向かい風が強いとのことで、予定より少し遅れて羽田に到着。入国後は荷物を一旦受け取って税関を通過。到着ロビーにある国内線カウンターで荷物を預けなおしてから、連絡バスに乗って第2ターミナルに移動。航空券が別切りのため外の連絡バスになるけど、行きに利用した乗継バスも構内を結構ぐるぐる回ったし、どのみち保安検査を受け直す必要があったので大差ないだろう。

出発便混雑で羽田出発が遅れ、伊丹に到着しても手荷物が出て来るのが遅れ、タクシー乗り場でも少し待たされたけど、午後8時過ぎに帰宅してコンビニに買い物に出掛ける。今までみたいに羽田からつくばの自宅に戻るのと、国内線で移動して池田の自宅に戻るのでは、どちらもしんどさではあまり変わらない感じかな。帰宅後はネットで通販したり国際線の検索をしたりしているうちに、気が付けばだいぶ遅くなっていたので、慌てて寝床に入る。


18/05/05(土)

アドリア航空機 リュブリャナ市内観光は一昨日のうちに済ませていたので、部屋でゆっくり過ごしてからチェックアウト。帰りも事前予約の車に乗って空港入り。アドリア航空はスターアライアンスなので、エコノミーでもラウンジが使えるのが有難い。今回もCRJ900に乗ってフランクフルトへ。出発地や途中は雲が多かったけど、到着地は快晴。連絡バスはコンコースBに着いたので、長い連絡通路を利用せずに出国。リュブリャナで羽田までの搭乗手続きは済んでいるので、免税店で下見をしてからラウンジで休憩。乗り継ぎが6時間近くとかなり余裕があったので、軽食を取ったりネットしたり、本を読みながら過ごす。乗り継ぎ1時間半という選択肢もあったのだけど、それだとちょっと不安だったので。

残り1時間となったところでラウンジを出て、免税店で買い物を済ませてから搭乗口に向かう。帰りもアップグレードのキャンセル待ちが通らなかったので、ビジネスクラスに搭乗。こちらは申込が遅かったので最初から駄目元の覚悟はあったのだけど、結果として大量のアップグレードポイントを使い残してしまった。1回目の機内食はメインがチキンだったので、シャンパーニュの後は白(ニュージーランドのピノ・グリ)のままにしておく。帰国便につき食事が済ませたらさっさと就寝。


18/05/04(金)

カルスト渓谷 昨日は予報が外れてずっと晴れていたけど、今日は朝から雨。ツアーの集合場所(屋外)に向かう頃には本降りになっていたので、庇の下に入ってガイドの到着を待つ。今日は途中のピックアップもなく、直接郊外に向けて出発。ポストイナを通り越してシュコツャン洞窟群(Škocjanske jame)に着いた時には雨が降っていなくて、晴れ間も広がっていた。再集合まで少し時間があったので、遊歩道を早足で歩いて近くの展望所まで行ってみたら、ちょうど学校団体が滞在中。なんとか人垣の隙間から渓谷を眺めてから、ビジターセンターに戻る。

予定時間を少し過ぎてから見学ツアーが始まったけど、ビジターセンターから洞窟入口まで結構離れていて、道路を渡って通路を下り10分以上歩く。ここから3グループに分かれて洞窟に入ったが、それでもかなりの人数。一昨日訪れたポストイナは洞内トロッコ列車もあり観光化が進んでいるのに対して、世界遺産に登録されているシュコツァンはなるべく人の手を入れないようにしていて、内部も撮影禁止。コース前半は“沈黙の洞窟”と呼ばれていて、鍾乳石の連なる広間を抜けていく。ポストイナ に比べると鍾乳石の量は少ない感じ。ずっと歩いていると、肌寒さは気にならない。後半は洞内を流れるレカ川(Reka)の轟音が響き渡っているため、ガイドによる解説はない。最初に渡るツェルケヴェニコヴィム橋(Cerkevenikovim)は高さ45メートルのスペクタクル。その先も見学通路に沿って灯る明かりが、まるでドラゴンのようにうねっていて、トールキンの映画を想起させる。

シュコツャン鍾乳洞 洞窟出口にあるエレベーターは現在休止中とのことで、見学終了後は谷間の遊歩道を歩いて、100メートル以上の崖の上にあるビジターセンターに戻ることになる。途中、少し寄り道して見学前に行った展望所に立ち寄ると、今度はがら空きで、眼下に広がる雄大な景色を落ち着いて眺めることが出来る。ただしスケールが大き過ぎて、写真では表現が難しい。天気も回復して歩くには暑いくらいだったけど、視界は申し分ない。この辺りはクラス(Kras)地方と呼ばれているが、ドイツ語では“カルスト(Karst)”となり、カルスト地形の名前の元となっているだけあって、石灰岩の露出が目立つ。因みにカルスト地形を表す地理用語、ドリーネ(doline)、ウバーレ(uvale)、ポリエ(polje)はスロベニア語やクロアチア語に由来している。

テランワイン ビジターセンター内で昼食がわりにワインテイスティング、といっても結構量があったりして。テラン(Teran)という地元品種で、ブルゴーニュのガメイと同様、早熟タイプなのでフルーティー。この辺りは生ハムも名物で、ツアーの説明書ではワインと一緒に生ハムが出てくることになっていたが、実際に出てきたのはチーズだった。シュコツィアンを出て、午後は最初にリピツァ牧場(Kobilarna Lipica)で白馬に乗るというオプションもあったのだけど、本格的な雨が降っていたこともあってパス。そのまま沿岸部に向かって走り続け、アドリア海に面したピラン(Piran)を訪れる。到着した時も雨が降り続いていて、暫く止みそうもなかったので傘を差して歩き始める。

ピラン旧市街 岬の先端にある灯台を回って、丘の上にある聖ユーリ教会(Cerkev sv.Jurija)を経由してタルティーニエフ広場(Tartiniev trg)まで戻ったら、雨が止んで天気が回復し始めたので、路地を巡りながらもう一周。東ローマ時代まで遡る町は、ヴェネツィア共和国だった時代が長く、町並みもその影響が見られる。現在でも標識はスロベニア語とイタリア語で表記してある。その後も天気の回復傾向が続いていたので、ひと頑張りして急坂を登り、町を見下ろす丘の上にある城壁(Mestino obzidje)まで行ったら、“降雨のため閉鎖中”だった。諦めて坂を下りていると、途中で展望が開けた場所があったので、写真撮影。西側の空は相変わらず雲に覆われていたけど、東側は真っ青な空が広がっている。最後にもう一度灯台まで行ってから集合場所に戻る。

ピランの町を出て、イゾラ(Izola)の町を見下ろす高台に見学停車してから帰路に就く。夕方のため道路は一部渋滞していたけれど、リュブリャナ到着はそれ程遅くならなかった。昼は軽くしか食べていないので、解散後は宿の近くで夕食。スープとメインでかなりの量があったけど、名残のギバニツァも注文。ワインはピノ・ブラン。今日はスロベニア東部のワイン産地を巡るツアーに参加したかったのだけど、5月中旬以降の催行だったようで申し込めず、代わりにシュコツャンとピランのツアーにしたのである。結果的にスロベニアの代表的な鍾乳洞を、両方訪れることが出来た。


18/05/03(木)

リュブリャナ城 今日は平日なので、朝食は早めのスタート。今日はどのサイトも雷雨という予報だったので天気が悪くなることを覚悟していたら、明け方に雨音で目が覚めたものの、朝起きたら青空が広がっていた。途中で天気が急変しないことを願いつつ、開館時間に合わせるように宿を出て、旧市街の中央市場(Ljubljanska tržnica)を経由してケーブルカーに乗り、丘の上のリュブジリャナ城へ。真っ先に展望塔に登って、周囲の景色を見渡す。遠くの山並みに雲がかかっていたものの、予想外の好天で素晴らしい眺め。場内の博物館や礼拝堂などを見学してから、1時間半の滞在を終えて麓に戻り、プレシェーレノフ広場のフランシスコ会教会(Frančiškanska cerkev)を訪れる。

リュブリャニツァ川 昼食時間には少し早く、まだ晴天が続いていたので、三本橋の近くから船に乗ってリュリャニツァ川(Ljubljanica)を周遊。街を出て南側の郊外まで行って引き返した後、一旦乗船場を通り越すけど、すぐ近くの竜の橋まで行ったところで出発地点に戻る。昼食は少し歩いて旧市街の外れにある店で、牛フィレとメルロー。値段は思ったより高くなったけれど、ワインと自家製パンが特に美味だった。

ティヴォリ公園 午後は川沿いに歩いてリュブリャナ大聖堂(Ljubljanska stolnica)を訪れた後、オペラ座と国立美術館の前を通って西に向かう。線路を越えた先にあるティヴォリ公園(Park tivoli)は広大なので、入口付近の並木道を歩いてティヴォリ城(Tivolski grad)のテラスから街方向を眺めるに留める。続いて国立博物館(Narodni muzej slovenije)に行ったら、自然博物館(Prirodoslovni muzej)と同じ建物だったので、共通券で両方見学。まだ夕方前だったけど、ここのところハードスケジュールが続いていたので、コンビニに立ち寄って軽食を調達してから、早めに宿に引き上げる。途中の広場に白い綿毛のようなものが散らばっていたけど、これがポプラの柳絮(りゅうじょ)になるのかな。


18/05/02(水)

今日は祝日なので、朝食開始時間は遅めとなる。5月1日がメーデーの祝日となる国は多いが、スロベニアでは2日も含めた連休になっている。通常は到着翌日に市内観光をするところが、祝日は閉まっている施設が多いため、郊外のツアーに参加することにしたのである(ツアーで訪れる場所は閉まっていないことを確認済み)。ということで朝食後は速やかに支度を済ませて、近くの集合場所に急ぐ。9人乗りのワゴンは途中のピックアップで満席となって出発。

ブレッド湖 リュブリャナを出て北に向かって走り、1時間弱でオーストリア国境に近いブレッド湖(Blejsko jezero)の畔に到着。湖岸から船方の漕ぐボートに乗って、ブレッド島(Blejski otok)に渡った後は、船着場から100段の石段を登って聖マリア教会(Cerkev Marijinega vnebovzetja)を訪れる。周囲400メートルの小さな島なので、短い滞在時間でも一周以上出来てしまう。元の乗船場に戻った後、ワゴンで湖を半周して、丘の上にあるブレッド城(Blejski grad)へ。下層部分は修復工事中だったが、上層部分の見学は通常通り。テラスに出ると、眼下には山に囲まれたブレッド湖の全景が広がり、ガイドブック等と同じアングルでブレッド島が見える。反対側の城壁からは、ジュリア・アルプス(Juliske Alpe)の裾野が見渡せる。これで青空が広がっていたら最高なのだけど、あいにくの曇り。といっても視界は悪くないし、雨が降っていないだけでもよしとしよう。

クレムナレジーナ 湖岸のブレッド村(Bled)で自由行動となったので、時間を気にしながら湖岸のレストランで昼食。マスのソテーと一緒に注文したシヴィ・ピノというのは、後から調べるとピノ・グリのことだった。そして忘れてはいけないのが地元銘菓のブレイスカ・クレムナ・レジーナ(Blejska kremna rezina)。一緒に頼んだコーヒーがウィーン方式で出てきたのは、やっぱりオーストリア文化圏だったからか。午前中はどんよりと曇っていたのに、出発前になるって急に青空が広がったので、集合場所に早足で戻る途中に湖岸からの風景を撮影。

プレデャマ城 午後は首都郊外を通過して、リュブリャナの南西にあるポストイナ(Postojna)に移動。途中で寝入ってしまったので、景色はあまり覚えていない。有名な鍾乳洞は見学時間が後になったので、先に郊外のプレデャマ城(Predjamaski grad)を訪れる。直訳すると“洞窟の前”という名前で、日本のガイドブックでは「岩壁城」と紹介されることもある。その名の通り洞窟の入口を塞ぐような場所に建つ城で、内部に入ると崖の壁面に寄り掛かる構造が見て取れる。テラスから谷間を見下ろしたり、背後の洞窟の入口まで行くことが出来る。住むには寒すぎる場所だが、長期籠城に使われたことがあるらしい。

ポストイナ鍾乳洞 そして本日のハイライトとなる、ポストイナ鍾乳洞(Postojnska jama)の見学。入口から最初の2キロはトロッコ列車に乗って移動。結構なスピードなので、それなりに着込んでいても風が冷たいが、次々と流れ去る鍾乳石の空間というのは不思議な体験。終点からは徒歩見学となり、最初に壮大な空間に出たけれど、手持ちコンデジで撮影してもなかなか迫力が伝わらない。林立する石筍は、なんとなくアンコール・トムの尖塔群を思い出したりして。英語ガイドはアメリカンDJ並のマシンガントークだったけど、発音が明瞭で鍾乳洞の解説は馴染みのある内容だったので、なんとかついていくことが出来た。天井から細い棒状の鍾乳石がびっしりと下がる“スパゲッティ・ホール”、そして白と赤の鍾乳石を基調とした“ホワイト・ホール”と“レッド・ホール”を抜け、洞窟を代表する“アイスクリーム岩”の前に出る。その先は反響が5秒も続く“コンサートホール”があるが、実際に演奏会が行われるらしい。最後にホライモリ(体表の色合いから“ヒューマンフィッシュ”と呼ばれる)の前を通って、別ルートのトロッコ列車で入口に戻る。

ポストイナでは晴れていたのに、帰りの道中では雨が降った形跡がある区間を通過。リュブリャナに戻ったら空の半分くらいが青かったので、再び手早く旧市街散策。東の空には虹が出ていた。リュブリャナ城に登っても、展望が開けている側が雲に覆われていたので、今日はリュブリャニツァ川(Ljubljanica)に架かる「肉屋の橋(Mesarski most)」と「竜の橋(Zmajski most)」まで行ってみる。夜は適当な軽食の店が見付からなかったので、持参した携行食で済ませる。


18/05/01(火)

ハンブルク空港 昨日は雨の中を歩いたのでちょっと心配だった体調は、特に問題なかったようである。今日のハンブルクは朝から小雨。宿は駅前だったのでチェックアウト後は傘を使う程でもなかったけど、ホームで列車を待っている10分間がかなり肌寒かった。近郊列車で空港入りして(途中で切り離されて前3両しか空港に行かないので注意が必要)、搭乗手続きと保安検査を済ませてラウンジで休憩。ロンドンもハンブルクも、フルボディスキャンが導入されていた。

ルフトハンザ便でフランクフルトまで飛ぶと、ヘッセン州は晴れていた。今回の滞在で、16あるドイツの州のうち11まで訪れたことになるが、残りの5つはメジャーな観光地がないところが殆どなので、なかなか訪れる機会はなさそう。フランクフルト・マイン空港(Flughafen Frankfurt am Main)のコンコースAに到着したが、シェンゲン内乗継でも出発はコンコースB。シェンゲン外が中心のコンコースには、出国審査後のラウンジしかないため、コンコースAのラウンジを利用した後、かなり早めに出て地下通路経由でコンコースBに移動。バス連絡となったボンバルディアCRJ900に乗り込むと、予定より早く出発準備が完了したものの、空港混雑のため30待機することになった。

ルフトハンザはエコノミーでも無料機内食が出るのに対し、コードシェアの運行会社のアドリア航空はソフトドリンクからして有料となるが。比較的短時間のフライトなので問題なし。離陸後の窓の外は雲が多くなり、スロベニアのリュブリャナ空港(Letališče Jožeta Pučnika Ljubljana)は曇りとなっていた。小型機でも搭乗橋が接続されたので驚く。空港からは事前予約の送迎サービスを利用。市内までのバスは週末・祝日は2時間に1本しかなく(平日は1時間に1本)、タクシーもあまり台数がないようなことがガイドブックに書いてあったので、多少高くても確実な手段を手配したのである。出発3日前に申し込んだ予約がなかなか確定せず、ようやく通知メールを受け取ったのがロンドン到着後となったが、バウチャーは不要だったのでハンブルクで印刷する必要はなかった。

ギバニツァ 駅近くの宿にチェックインして、少しだけ市内散策。プレシェーレノフ広場(Prečenov trg)から三本橋(Tromostovje)を渡って、市庁舎(Mestna Hičea)の前を通ってリュブリャナ城(Ljubljanski grad)のある丘へ。急坂を登って城の直下にある展望台から街並みを眺めた後、旧市街の店で夕食。少し遅めの時間で混雑していたけれど、テーブルにはすぐ案内された。注文したのは牛肉のランプステーキと、地元のメルロー、そして食後には伝統的なリンゴの焼き菓子のギバニツァ(gibanica)。夏時間とはいえ、帰る頃には暗くなっていた。市内観光に充てている明後日の天気が良くなさそうだったので、今日のうちにと足早に回ったけど、どんよりと曇っていたのであまり慌てる必要はなかったかも。


18/04/30(月)

ホルステン門 今ハンブルク中央駅から近郊列車に乗車。通勤とは逆方向だからか、総2階建の列車はかなり空いていた。断続的に雨が降る中、約45分でリューベック中央駅(Lübeck Hauptbahnhof)に到着。駅舎の外に出ると本降りになっていたので、駅前のバスターミナルで暫し雨宿り。雨が上がったところで旧市街に向かって歩き、開館時間を待ってホルステン門(Holstentor)を見学。街の入口に位置する門は、外側に向かって傾いている。近くには塩の倉庫の建物が残っている。リューベックは今でこそ大都市ではないものの、塩の交易で栄えた街で、ハンザ同盟(Hanse)の盟主として会議を主催していた街である。旧市街は「ハンザ都市リューベック」として世界遺産に登録されている。

トラヴェ川(Trave)を渡って旧市街に入ると、表通りは新しい建物が目立つけれど、路地に入ると古い建物が数多く残っている。ホルステン門を見学しているうちに日が差すようになったので、天気が変わらないうちに聖ペトリ教会(Petrikirche)の塔に登る。階段の先にエレベーターがあって、展望室に上がると周囲に巡らせた窓から赤煉瓦の屋根が連なる街並みを見渡せる。今日訪れる予定の場所を大体把握してから下に降りて、マルクト広場に面した市庁舎の前を通って、聖マリア教会(Marienkirche)を訪れる。ガイドブックによるとバッハがオルガン演奏を聞きに来たことがあるらしい。戦争で破壊された建物は修復されたが、焼け落ちた鐘が残されている。

ホーフ内庭 昼食までの時間を利用して、旧市街の北部を散策。この辺りには特直的な街並みが残っていて、ガング(Gang)と呼ばれる抜け道の先には、商人の邸宅の裏庭に建てられた長屋が残る。ホーフ(Hof)は商人の未亡人のための共同住宅で、必ず中庭があることに由来。頃合いになったところで、市庁舎地下のラーツケラー(Ratskeller)で昼食。ドイツの昔ながらの街には市場を開いたマルクト広場があり、広場に面した市庁舎(Rathaus)の地下セラーがレストランになっていることが多い。地元の魚料理とハウスワインのヴァイスブルグンダーを注文。この後の列車の本数が少ないので、食後は早足で駅に戻る。

古いクレーン 2両しかないローカル線列車はかなり混雑していたが、なんとか座席は確保出来た。1時間と少しでリューネブルク駅(Bahnhof Lüneburg)に到着すると、またしても雨。しかも今度は当分止みそうもなかったので、傘を差して歩き始める。イルメナウ川(Ilumenau)の中州を通って、旧市街に入る手前にあるのがその名も「古いクレーン(Alter Kran)」。18世紀に作られたもので、中に2人入って車輪を動かしていたらしい。対岸にはニシン倉庫が残っている。傘を差したまま旧市街を歩き、市庁舎を通り越して聖ミヒャエリス教会に着く頃には天気が回復していた。バッハが付属学校で学んでいたという教会は、内部を公開していないような雰囲気だった。

アムザンデ広場 続いて訪れたのはドイツ塩の博物館(Deutsches Salzmuseum)。リューネブルクはリューベックが取り扱う塩を生産していた場所で、昔の塩の製法などの展示があったが、説明書きはドイツ語のみだった。アム・ザンデ広場(Am Sande)に向かう頃には、青空が広がるようになっていたので、近くの給水塔(Wasserturm)に登って街並みを眺めた後、川沿いに歩いて古いクレーンを再訪。やっぱり天気が良いと、印象はかなり違う。リューネブルクはハンブルク都市圏に入るので、宿で貰った市内交通のフリー切符が有効のようだけど、時間が掛かる上、次の列車は30分以上先のようだったので、インターシティに乗ってハンブルクに戻る。昼にしっかり食べたので、やっぱり今夜も軽食で。


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